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東京高等裁判所 昭和57年(う)877号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人樋口家弘及び被告人本人が提出した各控訴趣意書に、これに対する答弁は、東京高等検察庁検察官検事宮﨑徹郎が提出した答弁書にそれぞれ記載されたとおりであるから、これらを引用する。

一  被告人の控訴趣意及び弁護人の控訴趣意一について

論旨は、原判示第一及び第二の各事実についての事実誤認の主張であって、要するに、第一事実については、被告人にはもともと相手方を姦淫する目的はなかったし、相手方に対し「静かにしろ。騒ぐと殺すぞ」といったこともなく、また、第二事実については、相手方を車に乗せて走行中三谷重則の言葉から同人が相手方を監禁するつもりであることを知ったにとどまり、被告人には監禁の意思はなかったし、相手方に対し「静かにしないとぶっ殺すぞ。頭をあげるな」といったこともなかったのに、原判決がこれらの事実を認定したのは、事実誤認である、というのである。

そこで、原審記録を調査し当審における事実取調の結果をも参酌してまず原判示第一事実について検討すると、被告人が共犯者三谷重則から誘われるままに相手方を強姦する目的で原判示さつき荘一号室に就寝中の相手方に襲いかかった旨を原判決が認定しているのは、同所で両名が相手方に対し暴行を開始するに至った経緯を明らかにするためであって、強姦罪を認定する趣旨でないばかりか、両名の共謀に基づく行動として認定していることが判文上明白であるから、この点の所論は犯罪事実及び量刑事情を左右する事実誤認の主張とはいえず、また、関係証拠によると、被告人は右三谷から「一発やるか」と強姦の誘いを受けるや「やろう」と応じて順次前記室内に入り、こもごも相手方に暴行を加え、これを全裸にするなどの行為に及んでいるのであるから、原判決が被告人に右の犯意があったことを認定したのは相当である。他方、関係証拠によると、所論の指摘する「静かにしろ、騒ぐと殺すぞ」という脅迫文言は共犯者三谷が申し向けたことが認められるが、これは共同の意思に基づく行為の過程での言辞であるうえ、原判決も被告人の言動と共犯者三谷の言動とを特に区別し右言辞を被告人によるものと判示した趣旨とは解されないから、この点の主張も失当である。

次に原判示第二事実について検討すると、証拠上被告人が共犯者三谷と共同して被害者を監禁した事実は明白であるから、この点の論旨は採用の限りでなく、また、被害者に対し「静かにしないとぶっ殺すぞ。頭をあげるな」と申し向けたのは証拠上共犯者三谷であったと認められるが、原判決は被告人と共犯者三谷の言動を特に区別したうえこれを被告人の言辞として判示したものとは認められないから、この点の論旨も採用することができない。

二  弁護人の控訴趣意二について

論旨は、原判示第一事実についての法令適用の誤の主張であって、要するに、被告人らは被害者を強姦する目的で暴行、脅迫した結果同人が反抗不能の状態に陥ったことから、これを利用して金品を奪ったに過ぎず、強盗の目的で新たに暴行、脅迫を加えてはいないから、強盗罪は成立する由がないのに、原判決がその成立を認めたのは法令適用を誤ったものである、というのである。

(一)  そこで、原審記録を調査し当審における事実取調の結果をも参酌し、まず本件の事実経過をみると、概略次のとおりである。

すなわち、被告人と分離前の原審相被告人三谷重則とは、金員に窮した末、共同して他人の家に忍び込んで金品を窃取しようと話合い、神奈川県川崎市内などで手ごろな家を物色中、昭和五三年六月一九日午前一時二〇分ころ、原判示のさつき荘前にさしかかった。そして、その一号室東側の窓からこもごも室内の様子を窺った際、被害者のA(当時一九年)が枕許に電気スタンドのみを灯けて寝ているのが目に入り、髪が長かったこともあって同人が女性のように見えたところから、三谷が被告人に対し「一発やるか」と強姦の誘いをかけ、被告人も「やろう」とこれに応じて両名強姦の意思を通じ合ったうえ、三谷、被告人の順に窓から室内に押入り、三谷がAの首を押えつけ、「静かにしろ。騒ぐと殺すぞ」と申し向けたり、携帯していたドライバーを突きつけたりし、被告人が布でAに目隠しをして共同で同人の反抗を抑圧した後、ともども同人の着衣を剥ぎ取るなどして全裸にした。ところが、その途中で同人が男性であることに気付いたので、両名ともこの機会を利用してAから金品を奪おうと考えるに至り、共同して同人の両手、両足を手近の衣類で縛り上げて反抗を不能にしたうえ、三谷が「金を探せ」と被告人に指示し、ともども室内の金品を探し回ったり、被告人がAに対し「金はどこにある」といってその所在を告げさせたりした末、机の引出しとバッグの中から同人所有の現金三、〇〇〇円位、腕時計、印鑑各一個(時価合計一万五〇〇円位相当)及び預金通帳一通を奪った。

(二)  以上の事実経過を基礎として論旨を検討すると、論旨は次に述べる二重の意味において失当というほかはない。

すなわち、まず、所論は、被告人らに強盗の犯意が生じた後は被害者に対し暴行、脅迫を加えていないと主張するが、被告人らが強盗の犯意を抱いた後も被害者の反抗を不能にするに足る新たな暴行に及んでいることは明らかであるから、論旨はこの点においてすでに失当である。

次に、なるほど原判決は、被告人らが強姦の意思で被害者に対し加えた暴行、脅迫についても本件強盗罪の犯罪事実の一部として判示しており、これらもその手段となったものと解していることが明らかであり、実際にも、右の暴行、脅迫は本件強盗罪の手段としての役割を果しており、被告人らもこれらの結果を利用して金品の奪取行為に及んだことが明らかである。そこで、このように最初強姦の犯意で暴行、脅迫に及んだ後、強盗の犯意を生じ、すでに行った暴行、脅迫の結果を利用して金品を奪取した場合、これらを強盗罪の手段と認めてその罪の成立を肯定することができるか否かにつき考察するのに、強姦罪と強盗罪とは、目的、法益の点においては違いがあるものの、暴行、脅迫を手段として被害者の意思を制圧し、その意思に処分を委ねられた法益である貞操又は金品を奪うという点においては共通しており、犯罪構成要件の重要な部分である暴行、脅迫の点で重なり合いがあるのであるから、強姦の犯意で暴行、脅迫に及んで抗拒不能とした後、強盗の犯意に変り、それまでの暴行、脅迫の結果を利用して金品奪取の目的を遂げた場合には、右の暴行、脅迫をそのまま強盗の手段である暴行、脅迫と解してさしつかえがなく、したがって、たとい強盗の犯意に基づく新たな暴行、脅迫を加えていないときでも、強盗罪の成立を肯定するのが相当であって、暴行、脅迫を行った際の具体的な犯意が異るからといって強盗の故意がなかったとして強盗罪の成立を否定するのは相当でない。所論は、刑法一七八条が抗拒不能に乗じて姦淫した場合につき同法一七七条の強姦罪と区別して特別に準強姦罪として処罰していることを援用し、強盗罪にはこれに対応する規定が欠けているのであるから、抗拒不能に乗じて金品を奪取した場合であっても強盗罪の成立を肯定することは許されないと主張している。しかしながら、強盗の犯意で暴行、脅迫に及んだ後、強姦の犯意を生じ、それまでの暴行、脅迫の結果を利用して強姦の目的を遂げた場合には、たといその暴行、脅迫により未だ抗拒不能の状態には陥っておらず著しく抗拒が困難な状態となったにとどまるときでも、当然刑法二四一条の強盗強姦罪が成立するものというべきであり、かりに刑法二四一条が置かれていないとすれば、刑法一七八条の準強姦罪ではなく刑法一七七条の強姦罪が成立するものと解されるのであるから、右の所論は適切とはいえない。結局、本件強盗罪においては、当初被告人らが強姦の犯意で被害者に加えた暴行、脅迫もその手段の一部であったと認めるのが相当であるから、この意味においても論旨は排斥を免れない。

よって、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却し、当審における訴訟費用は刑訴法一八一条一項但書を適用してこれを全部被告人に負担させないこととし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 桑田連平 裁判官 香城敏麿 植村立郎)

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